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2020年9月9日午後、札幌の大通公園のバラ園で写真を撮影した。
暑い日が続き、北海道の遅い夏がさらに間延びしていたような週だった。



猪子さんがわたしの展覧会(context-s, 2018年 )に来てくれた日のことをまた思い出している。
体調がよくない中で病院を抜け出し、
「這ってでも来るつもりでした」
と言った。

それから何度も足を運んでくれて、ある日は数時間かけて会場の撮影もしてくれた。
時折無理をしているように強張った表情も見せたが、
なによりも撮影できるよろこびや
「今撮らなければならない」という思いがまさっていたのだと思う。
後日、出来上がった写真を見せてもらった。
時系列で積み重なる手焼きの、大量の写真が一つの束になっていた。重かった。
興奮したわたしはホームページにすべての写真を載せたいと申し出ていた。

猪子さんは会場で光を探し求め、操り、悩み、自信を掴んだ。
そして彼女は、彼女自身からあふれる大きな愛情をその場と写真に残した。
「特設ページ」と掲げて更新したことを伝えると、
「わたしたちだけの秘密ですね。宝ものですね」
とおどけて言った。

2020年9月9日午後。
札幌の大通公園を歩いていると
ちょうど手入れ中のバラ園を通り、
ここの大掛かりな散水を初めて見たので、
撮影して猪子さんへ見せてみようと思った。
猪子さんはバラをテーマに個展を開催していたことと、
わたしが個展の開催をすすめ、相談に乗っていたこともあって、
バラといえば猪子さんの笑顔をいちばんに思い描くからだ。

翌日、よい写真が撮れたことを伝えたくなり、
当時わたしが参加していた展覧会へのお誘いもかねて、
久しぶりに連絡しようと心に決めた。
心に決めた瞬間、友人からメールで「昨日亡くなった」と知らせが届いた。

わたしには猪子さんもたたかっていた大きな病をテーマにした制作がある。
お話もたくさん聞かせてもらった。
「また必ずデートしましょうね」と約束もした。
いつも大きな愛情と死をおそれない意思を与えてくれた。
ここに大通公園のバラの写真を付け加えてから一年が経過した。
また偶然、何が起きるのか笑って待っていようと思う。


このページを猪子珠寧へ捧げる
2021年9月9日
中嶋幸治