《パルス》
インクジェットプリント、バライタ紙、オイルパステル、エゾマツ、シナベニヤ、MDF
57点組
2023ー2024年

For T 

ある場所をそのひとと共に歩いた際、暗渠の上に植えられた街路樹を指差し、「いつもあいさつしてるんだよ」と教えられ、その樹に向かって一緒に声を掛けて手を振った。そのひとはその街路樹を「友」と呼んでいた。「いつかあなたの生まれた場所でリンゴの花が咲く頃、遊びにいきたいな」そう何度も話してくれたことがあった。ある日、そのひとが亡くなったと知らされた。わたしは、交わしたか交わしていないか定かではない約束を心に重く沈めたまま長い時間を過ごした。

「もうひとりの友である街路樹にリンゴの花弁を届けに行こう」そう決心したのは、鬱血するほど固く長く握りしめた自身の手にも、束の間のやすらぎを求めて開いた手にも、この時代の流れや人間の愚行へ抗すためにも、自身に火を宿して脈拍を打つように歩くことを取り戻したかったからなのかもしれない。12月、収穫期まで過酷な状況がつづいたリンゴ農園での作業を終え、家族の世話の手配と身の回りの支度を整えた後、同月20日早朝、数年ぶりに北へ向かい、海を渡るため、リンゴの花弁を握りしめて自宅を出発した。