朝の光の中で

国立天文台天文情報センター暦計算室から日出時刻を調べた後に
まだ夜のうちの森へ出掛けた

梢を縫って落ちてくる鳥の叫びも
ましてやウォーキングポールが空を切る音も聴こえない

人か動物かどちらかが残したけもの道を分け入る
衣服にダイコンソウの種子が無数に付着する
捕獲班に追われた逃走熊の胴体に(親離れしたばかりの)
可愛げなピンバッジのごとく貼り付いた種子もあるだろうと
そんなことを考えながら歩いていた

魚が漂うわけでも無い木の枝に
細い糸と針で拵えた釣り道具が設置されていた
実体の無いものを捕まえるためにはもう少し工夫がなければいけない
例えばカギ状の針の先にいつまでも現像できないでいる言葉を餌にして

予想よりも深かった泥濘に立ちすくんで
草木を無理に起こすまいと気を配りながら
目的のものが不意に現れて消えてしまわないように
身を潜めて森と同化してしまおうと試みた

やがて国立天文台天文情報センター暦計算室が指定した日出時刻
森の裂け目から落ちてくる鳥の歓喜も
ウォーキングポールの振り幅分の共振音も
幼い熊がとうもろこし畑で眼を覚まして満腹の腹をさする姿も
羽状複葉の緑と花の黄色で再生されていくけもの道も
それぞれがそれぞれの光の受け止め方で朝を纏い始めた

少し風が吹いただろうか

渺々たる朝霧のひとつひとつの水滴の中に紛れた一滴の幻を
とうとうハンターが捕らえたらしい
身仕度を素早く終えて森を出ようとしていたが
足下の泥を拭いていた私を見つけると近寄ってきて話し掛けてきた

「いいかい、理屈じゃないんだよ、感光だよ」

私は風を捕まえるために世界が光に満たされ始める頃を狙ってここまで来てみたが
それは強ち間違いではなかったらしい

「そうですか」と応えた後
ハンターの鞄から零れた一滴が地面に落下する弾道のまま発光していたのを私は見逃さなかった

WEBマガジン「FIL SAPPORO」2012年10月号掲載