Diary

8月26日
早朝、大通公園を散歩した帰路の途中で信号待ちをしていると、
「札幌はみるところがいっぱいあっていいわね。」
と、お年を召された女性から声を掛けられた。
そこからしばらくお喋りをしながら歩く。少し話が盛り上がると立ち止まって目を見て会話する。気がつくと大通公園の西の端、現資料館あたりにきていた。
昭和6年礼文島生まれのその女性はある事情から札幌へ移り住み、今も変わらずこの辺りで暮らしているという。故郷の話題になり、私は、
「青森生まれなんですよ。」
と告げると、
「あらまぁ、私の夫の故郷も青森よ。」と仰った。
言葉少なに長い時間を横断歩道の前で過ごしていた。
・・・・・
「ここにはね、命があるの。」
資料館の裏庭を指差してぽつりとこぼれたその言葉が何を意味するのか、私は即座に感づいた。
「ずっと昔からね、見守っているのよ。札幌の木はいいでしょう。」
・・・・・
「ごめんなさいね、私が声をかけたばかりに時間とらせちゃって。」
「いえ、また朝会えたらいいですね。」
と言うと、少し困惑した表情を浮かべた。
「私、忘れちゃうから・・・・・。」
「大丈夫、今度は私が声をかけますよ。」
「・・・・・あなた、いい子ねえ。」
汗ばむ夏の朝に嬉々として光を落とすものがある。住み慣れた地区を離れて初めて友だちができた。これから私は友だちの行方を求めて毎朝、心を宙に飛ばしてしまうのだろう。こうして書いている今も「あなた、いい子ねえ」と別れ際に掛けられた声の存在の大きさに打ちのめされたまま日が暮れてしまった。

2017↑
2016↓

7月6日
①先日の日曜日、モエレ沼公園でワークショップが開催された。
ファミリー・アート・デイと称した親子対象のプログラムだ。
3歳から7歳ぐらいの子どもに対して自分の作品を説明したり、
ワークショップの内容を伝える際に、少々戸惑う部分もあった。
これは、経験の有無に起因する自信の乏しさだろう。
あの場で家族としての子どもをもたない人間は私だけであったと後で気付いたが、
はたして、子どもをもてば解決することなのかな、いや、それは違うだろう。

2016年7月5日
前回の日記は去年の12月、手持ちのノートにペンで書き記す事柄が増えるとパソコンには近づかなくなる。
また、前回の内容から事態は更に延長している。昨年1年間、異分野の方々と話し合いを重ねて気付いたこともある。
それは、自らに不足している能力を得るための鍛錬からは逃れられないという現実と、
そのための時間配分を徹底的に更新しなければならないことだった。

12月9日 前回の日記から4ヶ月を経過していた。
夏の東川町、公開ポートフォリオオーディションにて見事グランプリを獲得したメタ佐藤氏の個展が、
京橋のTOKYO INSTITUTE OF PHOTOGRAPHY(T.I.P) 72Gallery にて本日より開催される。
昨年秋の関係性を改めたような邂逅を発端に、正月の冬山登山や写真関連の催しに同行させていただき、
密着取材というかたちではあるものの、対話を礎とした制作活動の節々に刺激を受け、また、
私自身の不慣れな撮影行為と小冊子の完成を遅らせている現状を肯定的に捉え、
その都度奮い立たせてくださった勇ましさに、この場を借りて改めて感謝いたします。

小冊子「分母」発行の兆しを一年間保ちました、遅ればせながらその気配を昇華できそうです。

8月7日 明日から東川へ。写真家を追い続けている小冊子制作の過程も、明日からの2日間でひと区切りとなるだろうか。

5月15日 まだ冬の季、もう直き夏はあまたの連合い。枝葉絡まる。

Makomanai

4月11日
紙の扱い、再開する。

4月10日
登頂は折り返し地点に過ぎない。枝葉、数知れず、中腹、きみの分節を越えていけるか。
エゾリスが足下までやってきて彷徨く。しばらく遊んでいると、
表皮がめくれて空洞が多く見られる木に登って食事を始めた。
ひまわりの種専用の貯蔵の木のようだ。桂。

4月9日
円山の中腹の枝葉、円山の中腹の枝葉、それらがきみの文字のひとつひとつであることを想像しながら歩く。
他者を意識して歩くのは初めてのことだった。登頂は行為における折り返し地点に過ぎない。
氷点下の気温のおかげで泥濘みが凍結していた。歩きやすい。

4月2日
夜明け、中央卸売市場から西、八軒、琴似、琴似川。約100枚。
撮らない期間が長いとカメラを構える位置さえ覚束ない。
短期間でコンデジの機能に肉薄すべく、朝生の光線を・・・。
K古書店で古本を格安で購入。
ネットで探していたものよりずっと安かった。
大通りカウンターでフルッサーを再び、加えて〈百年の愚行〉を借りる。

4月1日
ネット断食。去年は殆どできなかった歩行を再開する。

3月29日
どうにか読書を継続できている。
知的好奇心が高まると選書にも迷いがなくなった。
中心部の雪は日陰を除くとほとんど消えた。
路肩の土砂やゴミが昨年の今頃と比べると非常に少ない。
清掃車の始動が早い。
まだ夜明けが凍みるうちに、
中断していた朝露の写真シリーズを再び始めようと思う。
下から降る水、上昇する雨。

3月21日
分母依頼の快諾。制作を写す為に必要な機材の購入を検討する。
私の勝手な都合で真偽を散らしてしまうフィールドを作らないためにも。

現在進行中の次号は、雪解けのタイミングで再び走り始める。
その間の未知への歩行は、実に有意義な時間だった。
無学を悔いたままで止まることを許されない関係を築く(途中)。

自分らの食器、箸、調理器具の寿命がもう直き尽きそうだ。
加えて、昨年から今年のかけて来客が多く、殺風景なリビングやアトリエに華が咲く。
食卓用の小物の新調と合わせて、来客用のそれも買い替えようかと欲が出る。

つまりは、あなた、頑張りなさいということです。

3月14日
一日体がだるい。30分昼寝すると嘘のように体が軽くなる。
3時間後再びだるい。睡眠不足だろうか。
昨日、N氏との話の中にも「いつ生活変えるの?」(いつも言われています)と出てきたぐらい、
自分は多くの気を使わせているのだろう。

雪景色を見ていた。いつもやってくる烏が現れない。
それにしてもよく降る。少し積もっては滑落する隣家の屋根の雪が、
地面に叩きつけられて鈍く音を立てる。
節分を遣り過ごした者らの降下を見ていた。

2月28日
約ひと月ぶりの日記。
大腿骨付近の痛みを訴える妻。一度診察してもらったが結果はよろしくない。
『この年になって「生まれつきですね」って医師に言われてさ』
あれから一年は経つだろうか、セカンドオピニオンという選択肢を考える。

2月3日
3月末から開催される初個展のTさんと打ち合わせ。
個展題名に至る経緯と心情と制作との、なかなか言葉にはならないバランスの話。
DM作成の依頼とは別に、中身にずいと迫る。
荒天、羅臼では雪害によって町が孤立している。自衛隊の派遣要請もあったと知る。
毛の手袋と二枚履きしたタイツ上の手袋の上からでも、手の甲、手首、指先から寒気が凍みる。
幌加内ではマイナス30℃。

2月1日
偶然は怖い。
宮の森美術館からの帰路、偶然すれ違った方のことを、
この日の朝5時から9時まで考えていた。
一度会って話してみたい。
「札幌には慣れましたか、私は慣れるのを止めました」

1月30日
特に手を動かさない日。
像が立ち上がるまで進行を停止する。
週末から天気が荒れるようだ。北海道の2月の寒気は恐ろしい。
室内に保管してある壊れた自転車を眺めながら、
新調するか組み直すかを迷う。
いくつかのグループ展の参加要請へ宛てる往信の筆も進まない。
同時期に身内の諸事情による東京行きも重なっている。
昨年から、手弁当の依頼を良しとするかの難しい判断が多い。
それら判断の結果として現在の困窮がある。
次々と生まれてくる構想や実験の必要量との大きな差異。
乗り越えなければ。

1月29日
日本人人質に関する情報が錯綜していると聞く。
テレビの、間を埋める為の解説が煩わしい。
言葉が命を揺する。

電子レンジで曲げ木加工を施す方法を聞いた。
乾燥にはオーブン機能が使えるだろうか。
トーネット、細工の必要有り。
手動で行う精密ドリルの扱いが難しい。
失敗。木が割れる。

1月27日
モノクロとカラーの明確な違いを知る。
本質に転倒が見られる。
90年代に知るべきことを、今は、2010年代か・・・。

1月21日
借りた本の返却が迫っていた。
写真夜会というイベントのロゴの作成に、良い具合に目処がつく。
自分の言動を試されているような機会をいただけて嬉しい。
カメラを新調してから今日までの数年間、写真の世界を学んでいる。

スープカレー店へ。妻からその食事の食し方を初めて教わった店を7年ぶりに訪れる。
英語や中国語で質問を繰り返すお客さんへの対応が、ぶっきらぼうな日本語のみ、
ただの1文字も他国語を話そうとしない店員の頑な姿勢に圧倒されながら、うん、やっぱりおいしいね
なんて言って豚や鶏の肉の筋を裂き、ゆで卵と人参のひと欠片を最後まで生き残して、
彩りを気にしてしまう変わらなさに、口には出せず、頷いて、
すすきのの夢街を観光客気分で眺めながら帰路につく。
コンビニへ立ち寄る。それさえも楽しく感じる。

1月8日
大荒れ。交通機関の運休多し。
中央図書館でヴィレム・フルッサー、スーザン・ソンタグ、富岡多恵子、中平卓馬、関係の本を読み、
傳田光洋氏の書籍を2冊借りる。
バスの時刻まで1時間空いたので、地下の食堂へ初めて足を踏み入れる。
座席もテーブルもカトラリーも調理のおかあさん方も和気あいあいとしていて、ほっと落ち着く場所。
今度から必ず立ち寄ろう。カレーライス。
限度いっぱいに本を借りて重量が増した鞄を背負って歩いているとどこまでも歩いていきたくなる。
昨年までの自分はバスの到着の遅さに呆れてそのまま歩いて帰宅していたけど、
今年はバスを待った。めでたい。
そんなことばかりしていたから直ぐ靴に穴が空くのだとやっと気付いた。

1月7日
大荒れ。事故多発。外出を控える。
夜明けまで窓の外を見ていた。
雪、風、の、羊の毛の素描のような痕跡を写す。

1月5日
雪山登山の翌日、筋肉痛になるかと思ったが問題無し。
下山後、自家製ラー油をごちそうになったからだと思っている。
人生で一番と言っていい美味しさのラー油だった。
レシピを聞いたので真似しよう・・・。

1月4日
写真家の撮影登山へ同行する。背中を追い、足跡を辿る。
体温の高い方、この方は全身で撮るのだ。学ぶことの多さに目眩がする。
一瞬「ドスッ」と響くシャッター音が森の静寂に喰われていく。
何度か目撃しているうちに不思議な気分になってきた。
力学を想像する。力点となるポイントに三脚を立ててシャッターをきる、
作用点では像が持ち上がる(この方の場合は作用点が点ではなく、
全方位の現象を伴って身体と機器ごと180度回転する面、といったところだろうか・・・・もう少し考えたい)、
もちろん支点には揺るぎない思想がある。
論理的思考に裏付けされたプログラムの前に現れるのはどこまでも現実で、
それを美化と捉えて賞賛するのは安直だ。いや、美化とは全く別の現象を捉えることに写真の深みがあるのだ。
そんなことを考えながらその方の大きな後ろ姿を見ていた。
いや、私が見られていたような気がする。

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12月31日
年賀状の宛名書きを終える。街まで下る弟君へ投函を託し、
この1年で絡まった糸を少しずつ解くようにして休む。

12月30日
早朝、妻の故郷、十勝へ。
牛や鹿や木鼠の自然のわだち追い、歩く。

 

12月17日
夕刻、納品のため北東へ。以前にも一度購入してくださった方のお宅へ念願の訪問となる。
救われる思いを抱えていた。いつも見てくださる方がいる。感謝。

12月16日
テンポラリーへ。徒歩で向かおうとして市場を通過した矢先に猛吹雪に遭う。
これはたまらんと桑園駅からタクシーへ乗る。
吉増さん、今展の企画者の村上さん、新聞記者のIさん、そして中森さんの「なかじまー」という元気そうな声で迎えていただいた。
吉増さんとは初めて直にお話しする。
これまでは文学館の「詩の黄金の庭」展と昨年の「怪物君」で二言三言、言葉を交わしていただけだった。
10数年前の自分は今の状況を想像できただろうか。
田村隆一の詩集を知人から紹介してもらい、それが詩の世界への入り口となって、吉増剛造という日本の詩人へ辿り着いた。
まだテンポラリーを知る前に、札幌の中央図書館を初めて訪れて手に取った雑誌の、たしかアラーキーとの対談だったろうか、
その特集が何故か気になり、借り出して2週間の間何度も読み返した。
後にテンポラリーを訪れた際に吉増さんとテンポラリーの関係が濃いことを知った。そこからだ。
これまでも数度、年末のテンポラリーで吉増剛造展を開催していたが、雲の上ほど遠いと感じていたような方と
距離が縮まることをおそれて、展示への足取りは消極的だったように思う。

到着後・・・・。
数日前の自室に散らかった部屋の片隅の片隅で見つけたプラマンで、一気に書き上げて送信したファックス原稿について
身に余る程の賞賛をいただき、もはや心ここに在らず、そこではたと気づく。
ああ、下からの目線は求められていないよな。
ワインを頂きながら、ファックスの内容を詳しく答えていく。
おまえいいよ〜なかじま、と言霊が刺さる。
村上さん、中森さん、Iさんの笑顔が優しい。
中森さんも自分も含めて、来年、再来年と生き抜くための一つの約束を交わす。

 

12月14日
7時、投票へ。
午前、喫茶店で幌向のTさんと真面目な話。
勉強熱心な方で話をしていてこちらも勉強になる。
午後、テンポラリーへ。昨夜の出来事を少しだけ聞く。
内臓の話にピンとくる。内臓の経か・・・・・

 

12月13日
今晩吉増さんのオープニングだと後から聞く。あれ。
休暇を取れない状態なのでどちらにしろ行けはしなかった。
花火の家の・・・を休息の共に、次の構想を走らせる。
12月12日
「水機ヲル日、・・・」組み上げから差し込みまで完遂する。
わざわざ自宅まで受け取りにいらしたSさんに全てを託した後眠る。
やっと終わった。

 

12月11日
ホームページをいじる。なじる。
小振りの土鍋を二つ手に入れて、お粥を煮る手前で体力が尽きる。
明日は煮よう。

 

12月10日
睡眠時間を長く取る。
車窓から夢を見ていた気がする。
本屋で本を買うという目標を果たせないまままーあた一週間が過ぎ去る。
ピクチャ 162ピクチャ 160ピクチャ 151ピクチャ 150

 

12月9日
紆余曲折。
本日も工房へ。
先週に引き続き、24時間態勢となるだろう。
製作を初めから一任された状態であれば、もっとベストな形にできた。悔しい。
あくまでも無償の成り行きと覚悟を決めて望んだ。
結果的にそうではない事態になってしまった。
製作が半分残っている。
半端のままの状態では接触したくない。吉増さんに喜んで頂けたのであれば尚更のこと。
事情がいくら変わったところで、一見したお客さんには関係ない。
良い仕事とは、時間が活きること。

 

11月29日
和紙と仮栞用のキュリアスを2種買い揃えて活版の作業場へ。
1時間程で手筈を整えて帰宅。
皆、本業の合間を縫っての連日の徹夜作業で死に物狂いだ。
一つ発見があった。
和紙の秀逸な一面を活版印刷を通して知る。
活版の概念を更新する新たな試み、それが疲れた私たちに喜びを与えた。

 

11月28日
だらしない仕事へ口をはさむ気力の件ですが、
現在、品薄状態が続いております。

旧型(在庫大)を代替品として無料で提供いたしておりますので、

今しばらくお待ちください。

(なお、旧型の動力源は「閉口」となっておりますが、現行品より能率がいいと評判です)

 

 

動き出しました。ファンとしてもう一度札幌で見たいです。

https://www.indiegogo.com/projects/tujiko-noriko-new-album

 

 

11月27日

琴似と東区を往復。

紙屋で相談後、卵、麺、茶の買い出しへ。

ポルカやラシャを試す。

 

11月26日

書道用品店アメミヤとセントラルで用を足す。

不況なのか不休なのか少し疲れたが満足する。

一緒だったSさんも激務のご様子で、早くも師走の月を走り始めている。

楮紙 5,5匁,  7匁、パラフィン紙、自宅でコピー用紙,  気包紙,  提灯紙で様子見。

方眼の使用法を閃くも、フォーマリズムのような発想とY氏との関連を見つけ出すことができない。

正誤どちらともつかないようでむず痒い。

うどんをこしらえる。美味しい出汁ができて落ち着く。

 

11月25日

近所の寿司屋で誕生日を祝ってもらう。

ありがとう。

お腹いっぱい食べて満足そう。

安心。よかったね。

 

11月24日

家人、病院とリハビリへ。

高齢者の憩いの場でもある施設でちょっとしたアイドルに、、、なれそうよ。

 

11月23日

案内状の件を進めなければいけないのに眠ってしまう。

近所を散歩する。凍り付くように寒い。

踏みしだかれて粉々になった路上の水溜りをたどる。

 

11月22日

レンタルしていた「はじまりのみち」を見ることのないまま返却する。

走ってバスに飛び乗る。楽しみにしていた展示の開館時間に合わせて向かったはずが、

到着して扉を開けても暗い。店員によると、つい先日営業時間を変更しましたとのこと。

自分だけじゃなくて、展示の告知を見て変更前にきてしまったお客さんは全て帰らせているのだろうか。

帰路へ。

 

共通意識としてあるであろうおおらかさの前では、自身の孤独を全うすることが肝心のように思う。

そんな大きな前提を許容できなければ、この地で穏和に暮らしていけないのだろうかとさえ思う。

打ち合わせと実験を少々。

 

11月19日

教文で「ポリグラフ」観劇。

帰宅後、沈殿。

データ保存を明け方終える。

 

11月18日

早朝と夕刻、霰にあたる。

活版印刷所で打ち合わせと店主親子を交えた実験。

毎年恒例のDM作成も今年で最後を迎えるとのことで、

特に気を入れて望もつもりだときく。

関わる方々の他の仕事、注文、内情もうまく転がりますように。

メモリーカードに溜まった大量の撮影データをDVD-Rに移す作業も3日目をむかえるが

なかなか進まない。その間「告白」「エデン」鑑賞。「無限論の教室」を読み直す。

 

 

11月14日

朝、新雪の帰路、雪の重さでたわむ遊歩道の梢。

誰もいない雪の道を歩いて気分がよくなって、何かを始めたい軽い気持ちになるのは子供の頃から変わらない。

急に烏が跳ね上がる、風が梢に触れる、落雪に中る。

 

11月13日

午前、公共の場の公開制作に関する監視員ボランティアへ。

札幌国際芸術祭でも痛感した他者の作品の監視、解説、案内、等の業務の重要な役割を実感できる機会があった。

制作の当人である美術作家の友人から「人員ヘルプ!」という形で募られていて、

なんとか協力したいと思い、初体験となる監視のボランティアをさせてほしいと頼んでいた。

突然の願いにも快諾いただき(ことさら身構えさせてしまったようで申し訳ないです)

緊張しながら現場へ到着する。

 

通勤や移動で人通りが異常に多いその場所では、目に留めて作品に接する積極性がなければ

制作を公開する名目さえ成り立たないような厳しい状況があった。

一般的なストリートとは異なるベルトコンベアーのような道なのかもしれない。

それでも、友人の美術作家の描く行為がその場に見事に適応し、色彩や描写力の巧みさもあって、

多くの方が立ち止まり、話しかけ、撮影し、感嘆していたように思う。

 

ひとの関心は決して実測数量で計るものではないと思うが、その数は

平日の午前中の2時間弱だけの計測ではあったが、軽々と150名を超えていた。

(カウントしてみました。通過して行った人数は、おそらくその10倍以上だと思います)

 

彼女は絵画から派生したいくつものパフォーマンスを試みている方だが、

とりわけエスキース段階の絵の実力を、私を含めた極めて限定的なニンゲンは知っている。

美術界隈では著名な方も、その力を認めていたという話を聞いたことがある。

しかし、それとは別のところで、とかく現実的であるからこそ大げさに言えば奇異と捉えられる

彼女の発想・行為に多くの方が着目し、または敬遠してきたように思える。

何にでも添加可能な「アート」の味を占めた当事者らから与えれた評価・言説をいくつか見てきたが、

彼女の根っこの部分を知る我々にとっては正直、満足のできるものではなかったし、無意味にも思えた。

 

今回、多少不格好ではあるけれど、日常に潜む欲望、耳を塞ぎたい、紡いで形に残したい、といった

彼女自身の胸の内から沸き上がるものを、自身の手で直接露にできる場が設けられたことが嬉しい。

 

地下歩行空間に点在する大きな横長の壁面広告と同じサイズのボードに絵や言葉を生身の体で紡ぎ、

素早い人の流れの中に浮かぶ、声や衣服の色や眼差しに呼応するように、上書き更新されていくライブペイント。

「現在のコミュニケーションの在り方を作品を通して再考したい」と語る彼女の実直さが、

忙しない流れを緩やかなものへと変化させ、時には話しかけられたり撮影されたりと

ごく自然な流れのようで、実はこの場所では異質な交流の一面が生まれている様を見ていた。

 

そして、僅かでも力になれたのなら、嬉しい。(美術展のボランティア業務の切実さを学びました)

良い作品です。ぜひ。

 

石倉美萌菜  [話かける理由話しかけられる理由無視する理由]

http://fukutaroh.exblog.jp/20371246/

 

スクリーンショット 2014-11-14 14.58.06

 

 

11月12日

食材の買い出し。

雪が降れば調達も不便になると見越して米を担いだりトイレットペーパーを抱えたり。

雨が降る。

夕刻、吉増さんのDM打ち合わせの為、K氏の職場へ行く。

自転車は止めて歩くことにする。明日からは雪ということで、今年の自転車外出は店終い。

K氏に笑顔で迎えていただく。

デュシャンピアンのK氏がプロデュースしたセレクトショップということで、随所に見応えがあり楽しい。

ハーブティーを頂いて1パックお土産として購入させていただいた。

ティーポットを購入しようと思っていたので、なんだかうれしい巡り合わせ。

DMの案件は支持体製作、活版印刷、統括、の三者で展開できそう。

メンバーに加えて頂けて光栄です。

でも、どこまでできるかな。

 

11月11日

M氏が懇意にしている酒場でM氏と話す。

ここのところの生活ぶりからは場違いな気さえするほど

口に入れたもの全てが美味しゅうございました。必ずまた来ます。

ひとり、もしくはM氏の仕事が落ち着いたら・・・。

M氏の作品とニンゲンの引力に引き寄せられた今年。

しかし、とりとめの無い話ばかりする自分。

接近するたびに引き離されるパラドクスを味わう。

もっと磨かなければ。

でも、なんだろう、今尚噛み締める「生きている実感」が今の今まで続いている心地よさは。

M氏の人情に触れることができたんだな。

・・・子供の話をする。

 

11月7日

暦通り、立冬の昨夜から冷え込む。雪が降る。一年のうちで特に澄み切る空。

山の頂上付近の白さが目立ってきた。

朝六時、若い男女がもつれ合いながら始発を目指して歩いている。

すすきのから退出してきたであろうシルエットも声も酒の匂いに浸っていた。

軟体動物か。

 

今日は昨日よりマイナス10度も気温が低いらしい。

小樽からやってくる弁当屋の兄さんの頬も赤い。

心無しか、歩道に散乱する手袋の落とし物が凍っているような気がした。

北一条通り、植物園・伊藤邸の、銀杏の葉で埋め尽くされた歩道を歩きながら

ひと以外の全ての音を声をとらえようと夢中になって帰宅した。

この季節が気に入っている。

芸術の秋とはいえど、我が閑散期に突入していてよかった。

 

10月25日

フィル・ソロモン作品集「溶けるフィルム・粒子の渦」を見る。

「贈り物」を契機とした思考の発生を学んでいた頃なので個人的にベストなタイミングとなった。

一番見たかったインタビュー映像の、特に重要だと思われる箇所が省略されてショック。なんだかな。

深夜の読書タイム。デジタル/フィルムの交差する「時代」を追う速度は今日明日でさらに加速するだろう。

仕事の合間に読書できる時間がまたやってきて、嬉しい。

 

10月20日

保存用紙が届く。次へ。

 

10月19日

また落ち着き始めて暴飲暴食気味になる。

健康診断の結果も通知され、今年一番体調の悪い時期に受診した割には異常はみられなかった。

ただ、痩せ過ぎのよう。そのせいもあって、とにかく食欲に任せている。

これから年末に向けて忙しくなるだろうから、度が過ぎない程度に肥えておこう。

 

10月18日

久々におにぎりを2桁作る。自宅用に3個残して、あとは別会場へと運搬。

「人は分かり合うことは一生ない、ただし交差はします」と発言していたM氏のUSTアーカイブをずっと

気にしていた。それはそうだ。この日、交差点で濃く真剣に、豊かに戯けて、

私たちの間の遠い距離の滑走路に照射する無数の星を数えた。

 

10月17日

店番の日。

Kさん、Fさん、Nさん、Kさん、短時間で再開と出会いの連なる日。

川俣さんとも縁の深いKさんと再び会話できたことを嬉しく思う。

Fさんの近況、作品と自己の繋がりを露にされていて嬉しく思う。もっともっと活躍されてほしい。

Nさんの人柄が身に染みて心地よい。深く話すことができて嬉しく思う。

Kさん、メタ佐藤さんの作品に強い関心を。テンポラリースペースと出会えて、嬉しく思う。

この場所は不思議だ。喜びと学びがある。

良いギャラリーは数知れずあるとは思う、ここはただ、作家にも一般の方にも同様に、発見なのだ。

中森さん、これは途切れませんよ。

 

10月16日

 

個展を終えた後に、漠然と残していたイメージを掘り起こす。

開きます、書きます、閉じます、は予定通り行えただろう。

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10月10日

幼少の頃かまいたちの話を聞かされたが、

その類いだったのだろう。

手当も素早くできたことだし、そういうことだったのだろう。

北海道にもいたか。

 

10月9日

朝の散歩再開。半年ぶりにゆっくりと。

こうしてみると、余裕のある今が特に次の制作を期待している。

ひょんな巡り合わせからご近所のdrop aroundさんの営む

MANUFACTURE & WORKへ初めて足を運ぶ。

素敵なご家族だなあ。

商品も虫も緑も日光になびくようにそこにありました。

けんさんの凹みもそうだけど、気付いてみると桑園の西端はおもしろいところ。

黒田さんのアトリエも目の前だし。

何かが動きだしそう。

 

10月3日

トラブルから多くのことを学んだ。

私の稚拙な行為も猛省しなければならない。

今回の個展に込めた思いは、誰にも打ち明けていない。

さようならには、欠けすぎた。

 

9月24日

歌を、全身を使って書いている、とYさんは言う。

手は、どうしてなんですか、とAさんはたずねる。

道外からのお客様が別れ際に「きてよかったです」と告げて去る。

ガラス窓を拭く。

 

9月23日 祝日

体力ゼロに近い。睡眠時間の確保のため、遅刻の連絡をする。

個展始まる。台の高さを調整してよかった。

指摘されたモジュールがその場に合うとは限らない。

乾杯は無し。

いつも作品に寄り添って真剣に見てくれる人の存在の大きさを思い知る。

取り残されなかった紙片が、喜んでいるような気がした。

酒が合わないこともわかって嬉しい。

明日、少し磨いてやろう。

20時帰宅21時就寝。

 

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9月12日

鉋の刃がぱきぱきと割れる。

これから何かあるのか、起こった後なのか。

 

9月11日

南区を始めとして、大雨による避難勧告。

河川増水と土砂災害のおそれから市内各所へひろがる。

我が家はあっても冠水ぐらいだとは思うけど、

念のためザックとタオルとビニール袋を準備しておいた。

いろいろ思うことがある。

 

一念発起して購入した家電、パソコン、モニター、プリンター、本棚、本、

工具、糊、紙、自転車・・・・、

いざという時は見捨てなければ・・・。

 

 

9月10日

徒歩で周回。北海道立近代美術館、紙の店馬渕、十一月、観光文化ステーション、大丸藤井セントラル、中央郵便局。

あと、開店中のはずが誰もいなかったり、シャッターが降りていたりと、なんで多いんだろう。

 

9月9日

車で周回。ギャラリー門馬。

 

 

9月2日

紙魚の会の製本展を見る。素晴らしい会。

石田先生が教える製本教室へ入ろうと悩んでいた日の記憶が蘇る。

Kさんの展示で写真をごちそうになる。

紙の打ち合わせでSへ。一時間以上粘っただろうか、

厚さ、軽さ、手触り、色の違いが繊細な何百とある種類の中から

一つだけ選び出すのはくたびれる。これをワンセットとして何セットも繰り返して

その日一日のエネルギーを使い果たした。

紙を扱う職種の方は心から尊敬する。

紙屋でおもしろいのは、売れ筋と全く売れない紙の中から、

その土地のデザイナーの傾向がわかってしまうこと。

いくら良い紙でも使わなければ消えます。

もっと挑戦を。

夜、Yさんのオープニングへ行く予定をキャンセル。

体力回復を待つ。

時計台、ホームセンター、コンビニ等へも。

 

8月22日 雨

マーメイドの白3種を試す。160kgなので半分に割いて、内側の肌理を見極める。

いろんなことがあって整理が追いつかない。

その中でも、夜中連絡してきてくれたAさんの決意の報告は嬉しかった。

その嬉しさを反論という形でしか返せない自分の出来の悪さといったら・・・。

 

個展が近づいている。昨日は個展タイトルの相談でギャラリーへ。

先日の冊子の取材でもお話したことが巡り巡って今に至る。

(今年中には発行?なのかな、すみません詳しい情報は後ほど。)

触れる、得る、署名(サイン)、風、、、、象形文字、言葉、文体

タイトル(名前)が肝心であることの変わらなさに今日も戸惑う。

 

8月11日

明日から親友が遊びにきてくれる。東京在住の彼ではあるが、もはや3度目の札幌。避暑地化してる。

夏は初めてなので、念願のモエレ沼公園を案内できる。

大きな建設の現場を指揮する現場監督の目にはどのように映るのだろう。

小樽や余市も案内したい気がする。

彼は高校時代から、ミース、コルビュジエ、フランク・ロイド・ライトを語り合った数少ない親友。

この頃は芸術よりも建築、インテリアについて勉強していた。

そして、モダンという言葉は彼から教わった気がする。

成人してからもお互い一番きつい時に、何百キロ離れていようと必ず隣に現れたりして、

もはや死ぬまでの固い契りがあるんだなあと思っていた。

 

明日は気をつけて、また盆の台風暴風雨だけどなんとか。

 

 

8月1日

Bill Evans Trio – Portrait In Jazz 程完璧なジャケットは無いと思っていた。

Melvin Sokolsky と Paul Baconによるもの。ふと思い出して音を聞きながら、

近い将来の案件の、悩みの種を紐解く午後。

次の次の展示プランを書き出す。止まらないから早めに手配した方がいいのかも。

 

7月29日

上田義彦のYUMEを買う。彼の写真集が揃ってきた。

妻の書架で大切にされている。

そろそろDiaryを整理します。

 

 

7月28日

朝、作品の補修へ出かける。湿度が高過ぎて自分の作品はむいていないようだ。

いろんなことをもっと早く知りたい。

作品正面の保護ガラスについた皮脂の数々を眺めていると嬉しくなる。

近づいてくれてありがとう。その皮脂とわたしの肌の紙の肌?がガラス越しに見つめ合っています。

ボランティアの方々とお話できる機会があった。

簡易の裏打ちを終えて帰宅。

芽室のHさんと偶然出会い、固い握手を交わして別れる。

 

 

予定が消えてしまった。

 

 

7月27日

雨。

けんさん、中森さん、お疲れさまでした。そして、あやさん、お疲れさまでした。

Kさんと妻の「触らないで事件」は最終日のこの日、不思議な展開となって幕を閉じました。

全てはけんさんの作品の力です。

Kさんと妻は再会の約束を喜んで交わしていました。

 

 

 

7月23日

楽しかったことや感動したことが多い。

悲しいことは少ないけど、予想以上に重い。

修正箇所が不完全で日に日に衰えて行く。相談しよう。

見かけた方から、「メンテナンスしてるの?」と連絡あり。

作品に降り注いだ塵埃を見てのこと。

「掃除してください」の、指示を忘れていた。手弁当か・・・。

 

 

7月15日

搬入2日目。

タクシーの運転手さんと芸術祭の話題で盛り上がり、とうとう自己開示までしてしまい、

停車して作品の梱包を解いて、車内でしばらく鑑賞会、という流れにまで発展してしまう。

運良く持ち合わせていた地図の作品を観ていただく。

画面を凝視し、仰け反ってはまた近づきを繰り返すその眼差しから関心の大きさを伺えた。

目的地到着後、料金を支払うため財布をごそごそしているとすかさず、「いいよ」と言われ、

「頑張って」の一声と共に車外へ、、、、、。こんなことは初めてです。

夏日の昼、茹だる暑さの中、どこへも発散できず体の中に溜まったままの感動を抑えながら地下へ降りた。

でも、いつかは返礼を。

 

設置に充分な時間を与えられていたため調整を繰り返すことができた。

現場の状況を見て判断したかったいくつかの仕上げを、端さんとも相談の上完成させる。

武田さん、樫見さんとも久しぶりの再会。

疲れの色が見えるにも関わらず踏ん張って作業する武田さんの様子と、

樫見さんの元気な姿が対照的で、ちょっとおもしろかったです。ごめんなさい。

 

作業中、何人もの人に話しかけていただいたり、また、こちらからも挨拶をきっかけに

お話できたりと有意義な時間を過ごす。

芸術祭に関する市民の声にはやはり共通するものが多かったが、

それと同時に、500m美術館を楽しみにしているという方が非常に多かった。

どうやら芸術祭とは関係の無いところで500m美術館が進行していると思われています。

市内で得られるSIAF発信以外の誌面や宣伝情報を見かけたことがあるでしょうか、

それらのいくつかでは500m美術館が省略されています。

ページの都合もあって仕方のないことでしょうけど、

省いても構わないものとして位置しているのが「地元」という認識なのでしょうか。

 

作品に興味を持ってくださった方との会話で印象的だったのは、

「自然は客観でしか有り得ないんだから、横にみるもの。芸術が上に立つことはない」

という声。どうですか?札幌の一般の方の知性です。

 

仕上げを終えて武田さん樫見さんと話していると、樫見さんが突然叫びだしたので

何事かと思って振り返ると、若い女性が勢いよく作品に触れて、勢いよく動かしている姿が目に飛び込んできた。

空いた口が塞がらないとはこのことで、一旦思考停止する。

 

破損した箇所を直してその場を後にする。

いいんです、気が楽になりました。

 

急いでジャムジカへ。

至福の時。あのオールスターのようなメンバーの音の統一感が不思議なくらい体に心地良い。

演奏を終えた楽器たちがどこかまだ鳴りたがっているようで、少しだけ撮影させてもらった。

たらふく呑んで泥のように眠る。

 

SIAFニアナタガ出ルノハ本当デスカ?メールあり。

ENGLISHの更新がしばらくされていないようで自分の名前がない。

追加された北海道ゆかりの作家が記載されていないばかりか、

ニュースの更新も停止している。

驚く。

 

早めに更新してください。お願いします。

 

 

 

7月14日

搬入日。梱包を終えて車で会場へ。サクマさんにもお世話になりました。

台座のバランスを見て程よく終了する。

小さな虫が所々に降り立っては真っ新な展示物にいくつもの焦点が生まれていた。

けんさんあやさんとも半年ぶりの再会をする。

作品のみならず展示全体への気配りが見事で、搬入風景を拝見できたことが嬉しい。

でも見られながらはやっぱり恥ずかしいですよね。

夕方、泥のように眠る。

 

7月13日

昨日と今日と、早朝まだ誰もいない500m美術館を通る。

朝一番の照明もついていない時間にしか観たことがないような気がする。

だから電気を使用した作品は鑑賞したことがない。

 

手前にベンチが設置されている所が自分のスペースだった。

ゆっくり観ることができそうで嬉しい。

搬入は後半戦、最終日近くは続々と集結しそうな予感。

 

 

7月9日

手をつけていなかった過去のテーマの再考、スケールの見直し。

リサーチらしいリサーチはなるべく省いたような気がします。

そして、私事の職場の同僚どもの自分勝手なストライキが発生。

組織にではなく、私を含めた数人に被害が及ぶという不思議。

信用が完全に失われたので表現系の若者はもう採れないでしょう。

とりあえずはここまで書き記します。

今日、明日、明後日で紙とも戦わなければなりませんがついてないですね、雨です。

 

7月8日

女性の感情の起伏に合わせていると否応無しに緊張感がうまれる。

心地よいものではないが、今やるべきことが明確になる気がする。

信じられない程忙しいのに体が壊れないのは、あなたのおかげです。

 

7月5日

とあるご近所さんはとても中の良い家族で、

休みの日ともなると大人と子供の笑い声が絶えず流れてくる。

こんな家族いいななんてぼおーっと考えている。

そんな昼間の一時、鋸と鉋のけたたましい音が私の作業場から鳴る。

あと少しごめんなさい。

 

 

7月4日

この期に及んで失敗を重ねる。

新規に試す糊と支持体の相性を甘く見ていた。

荒材と格闘。

刃を研ぐ時間もないので出先へ持ち込もうと思う。

 

7月1日

湿度が少しだけ上がる。夜は80%。昼時間に合わせよう。

 

6月21日

朝方、霧雨。その後晴れ。

ケンさんが栄誉ある賞を受賞した。

お二人の花車ですらりとした姿が苦労と研鑽(洒落のつもりでは・・・)のたまものだと気付いたとき、

私たちは一生をかけても応援すると誓ったのです。

 

早く会いたいとは思うけれど、

今の自分が精魂尽きるまでは会えないような気がする。

 

6月20日

雨だったか。

 

 

6月19日

雨、だったか。

 

6月18日

雨。

 

6月17日

雨。

雨上がりの札幌駅〜大通りをながしていると妻と遭遇した。

立ち食い蕎麦食して帰宅。

ジャック・ディジョネットのジブラを聴きながら夜明けまで過ごす。

猫が軒下で眠っていた。

 

注文していた材の到着が遅れるということで、手作業で形作れるところまで進める。

 

6月16日

雨。

制作以外のトラブルに責任を持って対処している。

制作時間が削られる悲劇は回避したい。

 

6月15日

雨。

公園で拾った落葉にワックスをかけてみる。

いろんな矛盾を矛盾のままに、己の手の中で芸術へと形作るおそろしさのようなもの。

 

6月14日

雨。

近所の公園で草木の観察。

ミニベロ乗りの老人がベンチで鳩と戯れていた。

居住地区の山車の練習会があるようだ。そろそろ祭りが始まる。

今年は参加できると思っていたのに。

 

6月13日

雨。

汚れつちまつた袖口に

今日も鼻水拭きたがる

 

6月12日

雨。麻生、屯田、円山を散策する。

久しぶりに体重を量ると、7キロ痩せていて驚く。

疲れやすいのはそのためのようだ。

食べよう。

 

6月11日

雨。満を持して木材類の購入を決断する。雨に濡れながら運搬する。

夜、狸小路市場でAさん、Fさんと会食。その後Oさん、Mさんも合流し、

酔っぱらって余計なことまで喋ったような気がする。

それでも尊敬する方々と食事できることが嬉しい。

分野の違う方と会食する機会が多く、刺激が大きい。

 

6月10日

蝦夷梅雨。

 

6月9日

雨。

 

6月8日

雨。

 

6月6日

大通り、クジラの背、雷木。

デッサンを溶かすという教えを未だ消化しきれず

先日のKさんとの会話からひらめいたクレヨンの使い方から再考してみる。

難しいけれど明るい。

仮眠を繰り返して朝方一献。

有休欲しい。

 

6月5日

学童保育へ通うこどもらと顔を合わせる機会が多くなった。

あのひと昼間から何やってんの?なんて、怪しまれていたりして・・・。

それにしても平日の昼間からこどもをよく見かける。

ちゃんと学校行ってるのかな?

相変わらず暑い。薄い材に汗しみ込む。

風強い、ガラス窓、網戸、外壁。

砂利が飛ぶ、Vネックの首もと、おでこ、口内。

 

なかなかうまくいかない。作っていると周りが見えなくなる。

手を止めると見える。そのころにはもう遅い。何度となく繰り返して、

ありがとうの一言も忘れてしまう。

 

6月4日

時々やるように、先に日記を書いておく。予定どおりに進めなければ後が無い。

刃研ぎ、建材といくつかの合板の運搬、目地止め、新規材料の使用判断と昼寝。

後が無いと予感しつつ、どうにか個展を決断したい。

 

6月3日

新規に材料を試してみる。これで透明度と凝固力が維持できれば良いのだが・・・。

ウレタン、エポキシ、FRP、どれも失敗ばかり。

結局、作業効率が最も悪く手間の掛かる行程に落ち着いてしまう。

思いついた一番初めの方法だが、自分に合う「昔ながら」の方法でしょう。

テンポラリースペース、ホウサイさんの個展へ。クラック。

前へ進み始めてここしばらくのその着実な一歩一歩に心打たれる。

けんさんも無事帰国されたようで、お会いできる日が心から待ち遠しい。

YさんもSさんも嬉しそうにしていた。

 

6月2日

青銀、市役所、歯科。

良く晴れて良く進む。

「朝の光の中で」と題された川端康成の講話記録?が記載されている

国語の教科書があるという。

私の世代より少しだけ前の世代のものらしい。

探してみよう。

 

6月1日

肌理を確かめるため西へ。

家人は東へ。

豚肉の山椒漬けとおからをごちそうになる。

 

5月31日

再び材料の相談。プランを変更しないためにはどうしたらよいか、頭が痛い。

大通りの雷木へ会いに行く。が、あらゆる入り口が立ち入り禁止となっていた。

おそらく芸術祭絡みだとは思う。

なぜ「危ないから入ってはいけません」なのか、文章で掲示すべき。

市民にとってどのような場所かを理解しているのであれば配慮は必要です。

あの場所は静かな場所です。

虫も鳥も沢山いた。草木の湿った休息所、偕楽園と同じ匂い。

こんなことで排除されてしまわぬよう切に願う。

魂とか心とか、せめてわかるひとが関わっていてほしい。

 

5月30日

ブラックスライドマントラ、植物園、伊藤邸、偕楽園。猫元気。

成功。

 

 

5月29日

失敗を4パターン重ねる。皮膚が傷んできた。ナイアシン。

またアントニーが鳴りだした。

Nさん、またです。そういえば結婚式のラストの曲はアントニーでしたね。

大事な局面になると決まって彼の、彼女の音楽です。

今日も明日も空模様が怪しいので、大人しく成功を目指します。

 

企画展示プランをどこまで作り込む必要があっただろうか。

しかし、個々人に与えられた命題はそう簡単に明るい未来を指し示せるものではない。

力のあるひとは短期間で完成させるものだろうけど。

 

5月27日

Aさんと会食。熱弁に吸い込まれた。Kさんと会食。楽しいひと時。

帰宅して寝る。

28日朝、ずいぶんと体の調子がいい。10時までにやり残した仕事を終える。

信頼する人に会って気力が回復したのです。

新さっぽろ、光星、宮の森、大通りへ。

作業中気になった道路を現場で確認。、のち、ホームセンターで車借り。

自転車で石狩、新港。オロロンライン。

休憩しようと立ち寄った公園の一角、音も風も無い木陰で

ポプラの種子が大量に宙に浮いていた。

近づくと少し風が流れてしまったのか、一斉に動き出した。

時間が止まっていたかと本気で驚いた。(紅南公園)

さすがに暑い。

 

5月25日

Sさんに連絡。不具合があったと10時間後に知ってろうばい。

おそらくコンセプトに怪しさが確認されてシステムがダウンしたのだと思いますよ。

出張で家人不在がしばらく続いている。

体たらくな長い時間の確保は嬉しいけれど、手に豆ができて寂しい。

 

5月22日

札幌国際芸術祭、追加アーティスト発表される。

歯科で銀歯。首に磁気、どうにか身体をごまかして。

 

5月21日

水分調整が繊細なもの。それらのために手袋をする、長袖を着る、マスクをする。

昨日まで暖房が必要なほど寒かったのに、今は暑くてしょうがない。

向いの車屋が破産したらしい。

親切だった社員の皆様へ、お疲れさまでした。

 

 

5月20日

吸取紙を頼むとMO紙が。《実習生》と書かれた胸元のネームプレートが初々しい。

ふと疑問が浮かび、帰路、Cへ立寄って解消する。

夜、約一月ぶりに夕食を作る、カスレ。念願の休日。

制作、家事、食事、掃除、仕事、外出、に費やす時間を改めて計算する。

ぞっとする。

 

5月19日

成功。

 

5月18日

妻が写真家Uの写真集を見せてくれた。こうやって小出しに宝物を見せてくれる。

掃除と整頓。夜、職場出勤前にトラブル直帰。ありがたいけれど、からだ休めます。

 

5月17日

テスト失敗。慣れるまでの時間を計りたい。一部成功。

 

5月16日

エルムゾーンマップの作成を中断している場合じゃない。

今朝、伊藤邸の高層マンション建設に関するニュースがテレビに流れたと妻から聞く。

「札幌駅前の風景が変わりますね」

コメンテーターの声だそうだ。これが一般的な声だろうか。

自然には手を加えずに建設するとも流れたそうだ。

名目上にも一定の目処がついたようだ。

 

高層マンション化に異を唱える市民団体発起人のひとり、画廊主のN氏は単なる反対運動を推進してきたわけではない。

人と建物と歴史ある自然らの共生を願い、有効活用でき得る手段とその中心に見据えるべき文化のあり方をこの数年論じてきた。

札幌都心部における数少ない豊富な自然とも言うべき伊藤邸敷地内が今大きく変わろうとしている。

今朝、ニュースはテレビを通じて札幌市民の目に触れた。これまでの一般的なメディアへの露出の少なさからすれば進展だろう。

奇しくも都市と自然のテーマのもとに開催される札幌国際芸術祭や新幹線沿線の早期着工の話題が駆け巡る時期。

過度な都市化を憂い由緒ある自然を恋うことは、決して恥ずかしいことではない。むしろ私たちの身体が純粋に求めることと思う。

 

もっとも、土地の所有も保全も代々受け継いでこられた個人の力による。

今回の問題には市の力が大きく影響した。違和感を覚えて行動を開始したひとらの力も働いた。

あの場所は個人の意思の範疇を超えた意味を持ってしまった。

全ては目には見えない自然の力が働いているような気がしてならない。

自然とは何か。

 

 

5月15日

道路図、地質図のため市役所、サンコーへ。その後Tにて報告と再会。

寄贈している作品の状態を確認する。

明日から雨。できる限りの用事を済ませる。

 

5月14日

作品の傾向が被りそうな人選。関係者間の交わり薄く、好み色濃く。

 

5月12日

材料の相談。本来であれば充分すぎる納期の長さがネックになり諦める。困る。

困りついでに歯科へ。痛み治まる。

 

 

5月11日

午前2時40分発の函館行きフェリー。ブルードルフィン乗船のお客様、

・・・一般徒歩でご乗船のお客様はロビーにて今しばらくお待ちください。

七重浜早朝無人駅、白色切符を手に函館へ

江差線廃止までの最後日に当たり、大混雑するひとの中を抜けて市電で谷地頭まで。

側溝から生活排水の音が聞こえて心おどる。

おどるように歩いていただろうか。

散策を終えた後、函館の写真史を購入する。

顔に傷のある男性と同乗するバス。

日曜の昼から果てしないクレーム、罵声。

軽度のバスジャック。

北往きは容易ではない。

 

5月10日

岡野建具店とスミスでの再会の余韻が長く、朝まで続いた。

午前、りんご園の土砂災害の現場をたずねる。小さい頃から「ここの土ってなんで柔らかいの?」と疑問だった場所。

昨年の大雨で被害を受けたとある山間部の農作地帯。

木ごと滑り落ち、小川を塞き止め、湖のように広がって、何十年と守られてきたりんご園の柔らかい土壌が飲み込まれた。

想像を絶する降雨量だったのだろう。

流された木や土を大事に育ててきたひとの顔を思い浮かべてやりきれなくなる。

加えて、復旧にかかる費用を自ら捻出しなければならない者たちがいる。

制度の甘さ寛容の無さが追い討ちをかけている。

「助けてほしいけど、そこまでの気力ねえな」

 

スクリーンショット 2014-05-13 16.55.30 スクリーンショット 2014-05-13 16.56.52

 

 

5月9日

連休中とは違って、青森行きのフェリー船内には両手で数える程の乗客しかいない。

弘前到着後、散策、雨。

雨宿りできる場所を探して路地へまわる。

岡野建具の前で(あっ、ここ来たかったとこ・・・)と思い返しながら

ガラス窓越しに作業場をのぞいていると、「はいれはいれ」と奥のほうからご主人が手招きしている。

突然のことで驚くとともに、念願の木製梯子の製作現場へ足を踏み入れ、お話をうかがうことができた。

本望です。夢が叶いました。しかも長時間でしたから。

 

一見の者が問うべきことではないと恥を承知で後継者のお話をうかがう。

「この手の職種は消えてなくなります。」

何度も何度も同じような問いに、長年繰り返しこたえてきたのだ。

「・・・消えてなくなります」の言葉には、悲壮じみた年月を感じさせない、

ご自分の仕事と向き合ってきたからこそ発せられる強いものを感じた。

とても清廉な方。

安価で扱いやすいアルミ製の梯子の普及が進み、木製の梯子はもはや知る人ぞ知る域にある。

ご主人が木製の利点を簡単に教えてくれた。

木製は温い。アルミ製は冷たい。

木製は足をぶつけても青あざにならない。アルミ製は青あざができる。

この2点を聞いただけでもとてもとても重要なことだと気づく。

気づくというか、農業へ従事していた経験があるので容易に想像できる。

(昔は木製の梯子を使用していましたが、いつからかアルミ製に代わっていました)

 

「木はいいべ」

何度もご主人の口からでるその言葉だけでも私は充分だった。

今では「木がいい」理由と買い入れる理由に整合性がなければならない。

 

「木はいいべ、でも、どれだけよくても作り手が自分勝手ならそれもまた消える理由です」

職人の腕の良さとはつまり、思いやり、であると。

 

購入を希望するりんご農家と思わしきご夫婦が訪れて、

私は桐の梯子の立てかけてあった場所で雨が止むのしばらくの間待っていた。

 

邪魔にならないかとたずねれば「なんもいいんだ」と笑い、

「テレビも新聞もインターネットもホテルに止まってる観光客もみんなくるんだ」というご主人の優しさを受けて己の恥を知り、

また来るからと何度も何度も言ってしまって、何気ない話や全く関係の無い話にまで笑い合って、

連絡先を交換して、雨が小休止したころを見計らって作業場を後にした。

 

M氏と遭遇する。その後スミスで同級生と10年ぶりの再会。本当に嬉しい1日。

スクリーンショット 2014-05-13 17.09.08

 

5月8日 函館、メールへ。有珠山SAで突風を浴びる。こんなところで遭難でもしたらと想像する。

5月1 – 7日 函館、青森、一次帰宅。苦手な書類作成を一晩で終えて安心する。ただ、半分他人任せで申し訳ない。

4月30日 約十日、コンタクトとれません。留守番電話へ。

4月29日 熟して頭痛、快眠たたって不眠ぎみ。

4月28日 熟して頭痛、早寝で快眠。某所にて相談事を少し。我々には思い違いがあった。

4月27日 熟して頭痛、早寝で仮眠。

4月26日 相談ごとを少し。先日分母についての激励をN氏からいただいて直ぐ、別の件が発展する。

4月9日 ようやく再開できた。それでも来月頭には何度か道外へ出るため気が抜けない。

便りに目処がつきそうでつかない。

昼、まだまだ冷たい外気の中に射す日光を浴びようと表へ飛び出してきた近所の猫と分かち合う。

 

3月22日 一週間の間で大きな買物に大方の目処がついた。

まず、縦と横の超絶グリッド画面が点滅し続けたままで使い続けていたパソコンを買い替えた。

何度も専門店ヘ通い、その道のプロからアドバイスを受けつつ目的に合った製品を選別した。

馬があってよい気分になったのかお互いに残金の確認もせず、

数時間後の電話口でどちらともなく平謝り。

次に撮影機材と編集ソフトを新調した。

 

1年我慢して増税のタイミングと重なった。

加えて、待望していた製品の供給体制も春から変わってしまうそうなのでふんぎりがついた。

現時点での自分の歩幅に見合う最低限の道具が揃ったような気がする。

欠点を気力と沈黙で補っていた時間を無駄にはしたくない。

 

急ごう。

 

 

3月15日 カラスが信号待ちしていた。横断歩道を一緒にわたった。かわいい。

 

3月14日 札幌駅、大通。0枚。

銀行で諸々の相談を済ませてヨドバシカメラで予定を消化する。眠い。

地下歩行空間3周年のイベントへ立ち寄る。

マサさんと近況を立ち話。今回の展示がいい、とのことなのでじっくり見る。

たしかにいい。

複数の作家が1つの場所と目的に集って公にする行為から考えれば、これほどスマートに

地下歩行者の群衆からマクロの視点へと誘う余地が残されているのは初めてなのかもしれない。

地下の500m美術館も含めて芸術を「体験」できる場としての供給の役目を果たす、

初めての貴重な展示だと思います。

 

いつも気になっているのはパークから連想されたであろう緑の人工芝、

ここの一連のイベントのシンボル化を狙っていると思われるけど、

良い具合に歩行者と鑑賞者の境界が顕われていて、

アートは身近なものとか何をどう言ったところで、「日常の慣習から踏み外さなければ

一般の人には理解にも及ばない」という本音がみえる気がする。

芸術側からすれば神聖なる土俵ということ。

土足はわたしたちが傷つくから。

 

時間が解決してくれる、なんて受け身の姿勢だって見える。

そんなことは関係者が声を出して精一杯やることで一歩ぐらいは前に進むはず。

 

「声が出ない」はキーワード。

 

みんな頑張ってる。

 

3月12日 書店で《ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ》を購入する。

Fへ到着して入り口に貼られた〈本日貸し切り〉の紙切れ1枚を鑑賞して時間が空く。

「紙ひこうき」で休憩、くたびれた木製の椅子とテーブルとスタンドライトと音楽と

プライベートを黙々とこなすお客さんの静けさが混ざり合って心地良い。

筆が走る。

紙屋で酸性紙のバラを束買い、バスセンターから大通、大通から札幌駅、

札幌駅から西へJR、満員でぎゅうぎゅう詰めの車内。

ぶつかってもぶつかっても声を発しないひとの多さに驚く。

– 声が出ない – 重要項目。

 

3月11日 今年も朝刊をいくつか買う。テレビで追悼式典を観る。

2011年3月11日14時46分、遅い朝食をすませ、スーツに着替えて出社の準備をしていた。

住んでいる建物が崩れるんじゃないかと不安になるぐらい異常に揺れが長かった。

テレビをすぐにつけてみると次から次へと錯綜する情報が襲ってきた。

実家へ電話をかけるが繋がらない。30分はかけ続けただろうか。

やっと出た父親の声が小さすぎて聞き取れない。恐怖が伝わる。

築年数の古い家だったので次大きな地震か台風が来たら終わるなと

笑って話していたことを後になって思い出した。

大丈夫だな、大丈夫だ、そんな会話を繰り返す間もなく余震が起こって、

電話からでもわかる程大きな震動音と古い家の建具が鳴り響く音が聞こえてきて

電話がぷつりと切れてしまった。

その後は全く繋がらなくなって、再びテレビを見ながら椅子の上で動けなくなっていた。

///

出社を躊躇する。電話で遅刻することを告げて親類と友人知人の安否確認を急いだ。

///

日本全体が津波警報の色の付いたラインで囲まれていた。

到達時刻と波の高さを予測する画面をみる限りでは、

この後の悲劇を想像することもできなかったが、

体全体が激しい脈拍で常に圧迫されていて苦しかったのを覚えている。

津波の第一波とみられる映像が映し出されてから長い時間をテレビの前で過ごした。

///

2

今なお、心に引っ掛かったままのこと。

私は被災地域、特に岩手、宮城、福島の沿岸部に住まう方を相手に働いていた。

地震から5ヶ月後退社した。会社には本当の理由を話していない。

///

脳の海馬を頼りに安否を調べていた。

元の地図をみる、住所をあてはめる、

自衛隊が撮影したとされる上空から撮影された写真をみる、あてはめる

何の準備も無くやってくるのが絶望というものだろうか。

地名にも詳しくなっていたので、被害の大きさを調べれば調べる程、

この数年はその地域の方々と共にあったのだなと気付いた。

///

福島出身の東京の恩人へ電話をする。

このような時でも優しさと知性をもった言葉が心に突き刺さる。逞しさを教わった。

盛岡と仙台の親類や友人も命だけは助かっていた。

///

 

 

3月10日 西18丁目から北、6枚。

 

3月9日 「持ち帰りで」「持ち帰ります」「持ち帰りの」「店外です」

ハンバーガー屋で昼食の買い出し。

初めのひと言、持ち帰りたい時の台詞がいまいちピンとこない。

近頃すぐ横になる。

進む気配がないデスクトップ。の、周辺。

早く目標に達しないと仮期限の4月が来てしまう。

 

3月8日 円山、新道東、北20条付近、0枚。

野菜背負ってTへ到着するもシャッターが下りている。

オノさんで自転車相談。なんと、パーツメーカーSが近い将来値上げだそうだ。

自転車界にはけっこうな衝撃が走っているようで、

店員さんの熱弁に思わず「勉強になりました」何度も感心。

 

3月5日 吹雪。買い出し。そろそろ自転車もいいかなと思ったらまだまだ荒天。

天井の漏水止まる。気温が緩むころには大家さんと何度目かの補修の相談か。

久々に24時間越え。疲れてきたころの指先の感覚がどうしようもない。

遠回りして振り出しに戻る。自分の行為に受け身を取る。

そうきましたね。出所も過程も知ってます。

今日は一日かけて戻ってきた。

 

3月3日 屋根から垂れる雪融け水が固まって鍾乳石のように変化した自宅前の歩道の氷を砕く。

たくさんの住民とすれ違い、たくさんの申し訳無さそうにする表情と出会った。

声をかけてくれればやりますよ、という声が聞こえる。

ここでも職場でも美術の現場でも。

 

3月2日 写真を喜んでもらえた。嬉しい。感謝の気持ちが伝わる。

 

3月1日 Oさんの画集をみる。行きたかった。そろそろ会期終了のはず。

みたいものをみれない状態が続く。6月までは耐えなければ。

 

2月26日 大往生で亡くなった猫の思い出の写真を印刷してほしい、とのことでを進めている。

こうした作業は本職ではないけどだいぶ慣れてきたように思う。

技術を信頼してくれることは 素直に嬉しい。

データを受けた途端に一緒に暮らしていたチャペとチビの顔が迫る。

その親子猫が亡くなってからの失意の日を、音楽だけで過ごしていたころの曲を流す。

レディオヘッド、トータス、野弧禅、DPRG、レイハラカミ、ツジコノリコを主に。

時間が戻ったような、それでいてここではない場所、

膝に掛けたブランケットの暖かさと猫の体温がシンクロする。

声が聴こえる。

新聞配達の若者がやって来た。そろそろ朝だろう。

 

2月12日 琴似、二十四軒、西28丁目、南6条まで南下の徒歩、東はすすきのまで。

歯科関連の建物を多く見かける。

雪まつり解体作業を観覧。壊れゆく様を見る観光客が年々増えているような気がする。

目的の古書店へむかうも、閉店、何の張り紙も無いままだったから

ずっと以前に廃業したいたことには気付かなかった。

飯椀とスリッパ、ラーメン店情報誌を購入する。

今週末、ラーメン好きの親友(大工)が東京から遊びにやってくる。

S社から驚きの発表あり。

 

2月6日 正午前に山鼻地区へ移動する予定が、眠ってしまって延期にする。

円山方面へも行きたかったが断念する。

何も口にしていなかった反動でナポリタンと甘いパンとじゃがいもを

ブラックニッカで一気に流し込む。

久しぶりに見たSNSから立ち上る知人の主張が相変わらずだった。

どうして毎度毎度わかりやすい嘘をつくのか。都合いい。

現実世界も含めて複数の発信チャンネルを晒していても一貫性がみられない。

ひとりふたりならまだしも、とても多い。どこかで分別を付けなければ、

善悪に隔たる2極性が歪み合ったまま虚構の世界がまかり通っていく。

 

2月5日 日章堂印房にてしばしお話。

最近の札幌はやけに寒くてこの感覚って道民なら当たり前なのかと

思っていたら、お母様は「こんなに寒いのは初めてなんだよ」と仰っていた。

その後少し変わった紙を紹介しつつ、最近の注文状況から見える活版の

需要とお客さんのこだわりの妙な一致をお聞きした。

どの程度の手間とリスクが伴うか、お客さんでもデザイナーでもそれを

知ろうとする姿勢があれば活版本来の良さを様々な視点から捉えることができると思うし、

デザインの質も高くなると思う。

デジタルからアナログへ回帰して一過性のノスタルジーを感じるのも悪いとは思わないけれど、

利便性を柱にした時代がアナログを追い抜いていった分の距離を戻るために必要なのは、

いつだって素材や技術や関わるひとの苦労を思いやる気持なんだと思う。

生活面での苦労や体調や、浦河、上川、アフルンパル、鉄道、ホットドッグ、

芸術、組織運営、10年前からの呪縛、税金の柵、5時間ぐらい沢山のことを話した。

元気を与えることができたなら、嬉しい。

夕食、外食。つぼ鯛の身が少ない、と、妻が不満。猛吹雪、濡れ雪。

 

2月4日 炭水化物類が一斉にきらしていたためまとめて買い置きする。

12kgぐらいあったかも、、、。アイスバーンの道を歩く。きついなあ。

妻の土器レプリカコレクションが食卓に広げられた、唐突に。

どこをどういう風にたたえたら良いか少しの間迷った。

興味を持ったものへの行動は本当に早い。なのに、深く深く勉強する。

すごいと思う。

 

2月3日 小冊子用にカメラの新調を考えている。

昨年の今頃であれば2万円返金されるキャッシュバック制度を利用出来たが・・・。

少し気難しい機種のようだがまだまだ初心者でしかないので難しければ難しい方がいい。

このシリーズは気に入っていて愛着も一入なことに加えて、

以前知人の写真家に「目的、性格に合っている」と言われたことも大きな自信に繋がっている。

紙が届く。うん,いい紙。急いで印刷所へ行こう。楽しみです。

 

2月2日 500m美術館を帰宅途中観る。会期の長さに耐えられるのか。

素材の機能性だけでは餌にもならないと思います。

グランプリ該当無しってだめなの?

深く切る。春までに不吉な現象がぼろぼろあらわれて落ちますように。

バンドウさん、年賀状のお年玉くじが当選していました。いいことあります。

 

2月1日 展示計画を話す。雲行きが怪しい。皮膚のかゆみが強い。

 

1月31日 生活雑貨店Nへ。10分もいられない。痒い、眼が痛い、くしゃみ、鼻水、

アレルギー反応だとは思うが道外、道内どこへいっても同じ症状。

名刺用の紙材到着次第、印刷へ。引越してからようやくつくれそう。

家事で一日を終える日が続いている。

 

1月30日 グラスが割れていた。食器棚の最上段の奥の方で、

昼と夜の間の歪みに圧されてグラスの側面がぼろっと落ちたらしい。

10年前購入したものをここへ持ってきていた。

ゆっくりひとつずつ時間をかけて、所有物が壊れていく。

描きとろう。

雪掻き。雪撥ねと言った方が合っているだろう、その軽さに何の手応えも

ない雪を数分風に舞わせる。夜半には除雪隊が重機を連れてタイムスケジュール通りに

積雪を処理するだろう。

自然の猛威も何もなかったかのように、気が付けば先へ先へと道が作られていく。

 

1月29日 失敗。深く切ってしまう。

 

1月26日 半立体へと移行しそうな気配に恥ずかしさが。中途半端な結果はいらない。

札幌市民ギャラリーで開催されている国際現代書道展へ。

思った、Elinaさんをこういう場所へ案内出来れば良かった。

妻の友人の書をみる。雅号を知らされていなかったので見つけるまで苦労した。

珍しい姓ということに加えて御本人の人柄を感じさせる書だったので、見つけて納得。

和ある書の中でも、濁立不遷と書かれたものが気になってちょうど座席があったので

堪能する。隣の隣の隣は名誉審査会員の作品だったが、あそこまでいくとお金を出して

買えるフォントのよう。芸術は感じない。

大賞(北海道知事賞)と外務大臣賞を受賞なされた方の書は

頭が追いつかない程多くの収穫、勉強になった。

パンヤで角食の買溜め。そういえば時計台ギャラリーは日曜休みだった。Sさんすみません。

 

1月25日 持久戦の覚悟もできていなかった。古くさい作品を解体した後悩んでいる。

そうこうしているうちに、久しぶりに自分で買った菓子をつまんで歯が欠ける。

暖気でぬかるんだ歩道をずぼずぼと歩きながら帰宅する。

朝、雪が降る。歯いてえな歯いてえなと項垂れる。鼻先に降り立って痒みばかり

連れてくる雪を疎ましくおもう。明け方のほとんど人もおらず夕方何だかなんだか

区別しようがない薄暗さと何時までたっても理解に苦しむ烏の咆哮とが

相乗して、ここが何処かも分からなくなるような交差点の交点で立ち止まる。

誰も来ないし誰にも呼び止められない。歯の痛みと空腹の知らせにふと我に返る。

雪がどんどん降ってくる。無垢な歯が降ってきた、と想像した。

 

 

1月22日 以前拵えた紙切れの状態が悪い。一挙に解体して再び構成へ。

接着材も刃も構図も変えた。昨年観て一目惚れした画家の絵画に影響を受けている。

手指が冷たい。ああ手相変わってきたなあ、耳たぶ膨れてきたなあ、なんてことないなあ。

部屋寒いなあ、なんてことないな。

正午過ぎ、印刷所で依頼品の確認と注文。夕方昼飯。

大通、美濃紙の厚口が終売らしい。機械漉きの和紙が多く並んでいた。

提灯紙を数枚とバケット1本購入。吹雪の中歩いて帰宅。

 

1月21日 どっと眠りわっと起きる。ツネオさんの個展初日へ。

御本人は別の用事で不在。こっそり2階で寝転がって観る。

家電量販店で撮影道具の新調とカメラとパソコンの相談を済ませる。

エスキスのラオ・シーズンさんの展示へ。中川さんからいろいろ聞く。

プリントの正体はジークレーだった。さらに完成までに多様な加工を

施しており、この質の高さは一体なんだろうという疑問はラオさんの活動歴

を拝見して理解出来た。

「和紙を使用し楮の肌理と向き合っていたらジャンルがわからなくなった。」

食料の買い出し。インク補充。依頼先との連絡、確認。

引き受け仕事を仮止め。

 

1月20日 疲れが抜けず、地下鉄を利用する日々。大蒜食して息抜き。

ラオ・シーズンさんのプリントはどうしてるんだろう。今度行ってみよう。

インク補充せよ。

 

1月19日 と言いつつもこちらから提案しなければ誰も手を出さないのはわかっている。

同じ棟に住む方に相談する。彼はここに住み始めてからお一人で除雪なさっているそう。

大家へ問い合わせたところで梨の礫とらしいが、一体どうなっているのだろうか。

こちらからも電話で相談した上でとりあえず除雪を住人が行っている姿を周知させようと、

妻と2人積もりに積もって物置と行き来不能になっていた路を除雪する。

日曜の朝、長い時間音をたてていたので苦情でもくるんじゃないかと気にしていた。

住人が何人も通り過ぎた。子どもは挨拶をしてくれる。

インク補充せよ。

 

1月18日 雪撥ね。雪撥ねという言葉はこちらにきてから初めて聞いた気がする。

雪が軽すぎて全く苦労しない。だからと言って放置すれば圧雪状態になり、

気温が上がればザラメ状にもなる。聞くところによれば2立方メートル程で軽自動車

1台分の重量らしいから、雪の重みで家屋倒壊というニュースの多さも頷ける。

撥ねられるうちは近隣で協力しあわなければ。アパート、マンション暮らしだから

関係無いっていう風潮は北国として恥ずかしいのでは。

インク補充せよ。

 

1月17日 引越しで使用したダンボールをまとめる。資源回収にようやく出せそう。

取り急ぎの案件、パソコン直らないと進まない。出費は仕方がない、のか。

地下鉄へ乗る。「降り口は◯◯側です」の反対側のドア方向に体を向けていつも立ってしまう。

180度振り返るタイミングがわからない。

 

1月16日 撮影機材の勉強も兼ねて写真店へ。どうやら今のカメラは自分に合っているようだ。

書店で[晰子の君の諸問題]を選ぶ。

衣料品店で「靴下3足で990円(一足のみのご購入はできません)」を選ぶ。

安うどん食して帰宅。

札幌駅周辺から自宅まで徒歩で一日2往復の生活はさすがにきつい。

冬は行動範囲が狭まる。体調管理に今一度気をつかおう。

 

1月15日 外出をやめて籠る。Worksを復活させた。

ただただ画像を陳列していく。上辺だけの陳列になりそう。

この手の作業は怖い。

 

1月14日 引越してから初めての冬。コンクリートにクロスと

床材1枚の部屋の寒さをどうにかしようと、思いつく限りの対策

用品を購入する。今日一日でとりあえずはガラス窓とサッシ枠を

片付けた。窓周辺の比率でいけばガラスで6割、サッシ枠だけでも

4割の熱が逃げていくらしい。

正月明けの体が野菜を欲している。セロリが恋しくて買い込んだ。

セロリごはんをこしらえる。好評です。/

近所の学童保育所の敷地内に雪を投げ込む除雪者が現れる。誰だろう。

引越したこの場所でもご近所間のコミュニケーションが薄い。

薄いどころか敵対的にも思える。利益不利益をはっきりさせたいのか。

除雪はそういった人間関係を現してしまう。

 

1月13日 展示をひとつ決断する。時間掛かったなあ。

 

1月11日 新年早々、サイトに不具合が発生してまるごと削除、直ぐさま構築と

無意味な時間を過ごした。そうこうしているうちに連勤が二桁の大台へ乗る。

今日、新たな素材と出会えた。完成図が少しも見えていなかったものに加点。

 

1月10日 小冊子[分母]について試行錯誤する時間が長い。

考えれば考える程自分のやっていることが必要に思える。

正常な意識が夜へ沈んで向き合うものも見失ってしまうナルシスト変貌への時間が来る前に

信頼出来る方への思いを寄せる。一気に手紙を書くようにして。

もしかして私は人と関わることにかまけて全く制作が進まないのか。

それとも大きく舵を切り替える時なのだろうか。

その他にもやらなければならない仕事が詰まっている。

そのどれもが、私よりも人の仕事を左右するものだ。

・・・、私の制作?

 

1月9日 ログイン不可能、プログラム編集不可能の状態からようやく抜け出せた。

データベース、ウェブサーバーごと削除して振り出しに戻る。

5日かかってしまった。勿体ない。作品画像、日記、少しずつ復元したい。